史上最低の偽善番組 24時間テレビ〜愛は地球を救う〜
24時間テレビが偽善だ偽善だと言われ続けているが、一体何故そこまで偽善なのか。
俺も今までこの疑問については率直な解答を得られないでいた。
確かに障害者をネタにしていることや、下らない売れっ子芸人にマラソンをさせて
ただの商業主義に則ったカネ儲けなのに感動するのは無理だ、という
遠まわしで抽象的な回答しかできなかった。
ところが、俺はついにこの番組の決定的であまりにも大きな矛盾に気づいてしまった。
これに気づいたときは、綾辻行人の時計館の殺人のメイントリックに驚愕した時のような
驚きであった。その矛盾とは一体何だろうか。
それは、この番組の「24時間マラソン」の中にある。
ランナーは赤丸急上昇の売れっ子、もしくは世間に認知された大芸能人など
いかにもスポンサーが喜びそうな人選である。
そしてランナーは、100キロを走り(歩き)、武道館へ到着。
最後にサライを歌いながら、何故か出演者一同号泣し、フィナーレを迎えるという
集団催眠のようなお決まりの展開。
さて、この流れの中で一体どこに決定的な矛盾があるのだろうか、考えていただきたい。
答えはランナーがゴールした直後に訪れる。
感動のゴール。出演者は全員必死に涙を流す。誰もが褒め称え、労を労う。
・・・・立たせたまま。・・・・・・・・・・え?
・・・・・・・・えええぇぇぇ???!!!!!!!・・・・・
そうだよ。何でこいつら、必死に100キロも移動してきた奴を休ませようとすらしないわけ?
本当に労を労っているのなら、到着した瞬間にフカフカのソファを用意してドリンクを分け与えるだろう。
ところがこいつらはそれをしない。
意味不明に号泣して、頑張ったねと褒め称えながらも、立たせたまま。
これぞ集団催眠。
これを例えるなら、雪山で遭難して命カラガラ民家に非難してきた遭難者を迎えて、
「おー大変だったね、辛かったね、この寒い中よく頑張った」と同情の涙を流しながらも
暖炉に薪をくべてやらないような冷たさ。熱いスープを出してやらない非情さ。分かるか?
あくまで横並びの出来上がった慣習。
ただのお涙流し大会と成り下がったこの番組の中では、
相手を労わるなんて概念はなく、自分がいかに泣けるかがポイント。
言うなればバラ色の珍生だね(笑)この糞番組は。
この番組で出演してるクズどもが狙うのはあくまで高感度アップ。そのために思考停止し、
とにかく必死に泣こうとする。泣きさえすれば勝ち。他人のために涙を流せる俺は
高感度アップ。そんな魂胆。
だが、そいつらの涙はただのオナニーにしか過ぎない。精子と同類。
相手のために献身する、という過程が完全に抜け落ちて、泣いたもん勝ち、という異常な世界に陥っている。
その結果、意識も朦朧とするランナーをゴールで出迎えて号泣しながらも、椅子すら用意せずに
立たせたままインタビュー。そのままカラオケでサライをも歌わせるという商売根性。
これのどこに感動すりゃいいの?こんな構図があるからこそ、24時間テレビはお笑い番組でしか
ない。周りに染まることしか考えない連中のオナニー記録会。
そもそも、マラソンする芸能人を見たぐらいで、生涯の傷を負った障害者が救われるわけもない。
芸能人どもは意気揚々と売名のチャンスと意気込む。世間の大いなる歓声に激励され、ヒーロー気取りで
街を走破。短期間だけ頑張ってガンガン仕事もカネも舞い込みばら色人生確定の最高の仕事。
障害者は?苦しんで、笑われ、何の見返りもない日常。それが永遠に続く。
これだけの欲望と絶望の対極の構図のどこに感動を見出すの?
唯一の救いは最近走ったアンガールズがメディアから干されたことだろう(笑)
中途半端な善人キャラのステレオタイプができあがって、番組で使いづらくなったんだろうね。
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